全作品がテクニカラー製作。アカデミー賞受賞、ノミネート作品が多く並ぶ。第二次世界大戦が行われた時代だけに、「勝利は我に」に代表されるような、戦時色(国威発揚)を色濃く残している作品も見受けられ、ヒトラーを揶揄するような表現も登場する。
1955年公開の「ひげも使いよう」までは、ハンナ=バーベラの2人は監督という立場で作品製作に携わっているが(製作はフレッド・クインビー名義)、その次の「素敵なママ」以降は、製作・監督の両面において、彼らがメインとして携わっている。
この時期の音楽を担当した作曲家スコット・ブラッドリーは、映像のあらゆる細かい動きにタイミングを合わせてふさわしい音楽を付けていくという、緻密な構成を備えたフルオーケストラ曲をそれぞれの作品のために書いている。同じ作品内でも場面によってジャズ風からクラシック風まで曲調がめまぐるしく変化する独特の伴奏音楽は、この時期の作品群の大きな魅力の一つである。
この時期のオープニングは実写映画と同様だが下に「CARTOON」のロゴが入るMGMのロゴ(動画)で始まり、タイトルカード、サブタイトルカード、クレジット1、クレジット2となる。著作権標記はクレジット1に入る(リニューされたかどうかは不明)(但し、「上には上がある」のみ、著作権標記が入らない)。BGMは、1949年まではファンファーレ、1950年以降はテレビにも使われた統一テーマとなる。なお、製作時期により異なる。
1950年代後半、テレビの普及と撮影所システムの崩壊でMGMの経営は傾き始めた。しかし、トムとジェリーも予算は削られたものの人気は依然高かった。MGMは当初、アニメーションなどの短編映画もシネマスコープ化して対抗しようとしたが、やがて旧作の上映のほうが新作上映よりも儲かる事実に気付いた。その結論は、MGMのアニメーション部門の閉鎖だった。1957年スタジオは閉鎖され、1958年8月1日公開の作品が最後となった。ハンナとバーベラは独立し、ハンナ・バーベラ・プロダクションを設立する。
ジーン・ダイッチ期(1961年?1962年)
1960年、MGMはトムとジェリーの新作短編シリーズを再開することにしたが、プロデューサーのウィリアム・L・スナイダー(William L. Snyder)はチェコスロバキアのプラハに拠点を置くジーン・ダイッチ(Gene Deitch)のスタジオ、レンブラント・フィルム(Rembrandt Films)に製作させた。ダイッチとスナイダーのコンビは、シュルレアリスティックな短編13編を作った。全作品カラーフイルム製作。
しかし製作者たちはトムとジェリーの旧作をほんの少ししか見ずに作ったため、作品は旧作ファンからは奇妙なものと見られた。キャラクターの手振りはモーションブラーを使うなど非常に高速で、むしろ病的にすら見えた。またサウンドトラックはまばらでしかもリバーブ(反響音)が大きく、音響効果はSF映画のような音を使い、会話も話すというよりもごもごするように聞こえた。
この時期のオープニングは実写映画と同じMGMのロゴ(動画)で始まり、タイトルカード、サブタイトルカード、クレジットとなる。BGMは、後にTBS版で使われる統一版となる(但し新カルメン物語のみ、カルメン序曲となる)。
この期のトムとジェリーは、唯一ラストに「メイド・イン・ハリウッド、USA」が付いていない。しかもダイッチのスタジオは東側陣営のチェコにあり鉄のカーテンの反対側だった事情もあり、スタジオがどこの街にあるかはクレジットからは完全に省略された。通常版のDVDには未収録だが1コインDVDには一部収録。
この期間の作品にはサブタイトルカードに著作権標記が入るが、リニューされたかどうかは不明。
チャック・ジョーンズ期(1963年?1967年)
ダイッチ製作分の最後の一本が公開されたあと、MGMは『ルーニー・テューンズ』や『メリー・メロディーズ』など、バッグス・バニーやダフィー・ダックを主人公にしたアニメーション短編シリーズで名高かったアメリカ人監督チャック・ジョーンズ(Chuck Jones)を起用することとした。ジョーンズは30年以上在籍したワーナー・ブラザーズのアニメーションスタジオを辞し、新たに自らのスタジオである「シブ・タワー・12プロダクションズ(Sib Tower 12 Productions)」をパートナーのレス・ゴールドマン(Les Goldman)と立ち上げたところだった。
ジョーンズとゴールドマンは1963年から34本の短編を製作した。全作品カラーフイルム製作。これらの作品はジョーンズの演出が特徴的であったが(同時期のサイケデリック・ムーブメントの影響も見られた)、批評的には賛否両論である。トムを応援するファンは、ジョーンズ版ではトムがジェリーに全く敵わない存在に落ちてしまったことを批判する。ジョーンズは、トムとジェリーのブランドに自分のスタイルを当てはめようとしたがこれも賛否ある。ストーリーラインやキャラクターの個性も変わり、キャラクターデザインも変わった。トムはボリス・カーロフのような太い眉毛になり、頬の毛もふさふさになった。ジェリーは目や耳が大きくなり、甘い印象になり、ポーキー・ピッグ(Porky Pig、ワーナーのルーニー・テューンズのキャラ)のような姿形になった。
この時期のオープニングは日本のテレビ放送でもおなじみの「ライオンの代わりにトムが吠える」MGMのロゴで、真ん中の丸が、そのまま、TOMのOになり、そのあと、JERRYのYの上にジェリーが降りてくる。この後、サブタイトルカード、クレジット1、クレジット2となる。著作権標記はクレジット1に入る(リニューされたかどうかは不明)。
シブ・タワー・12はMGMのアニメーション部門になり、MGMは1967年にはアニメーション短編の製作を停止した。ジョーンズはすでにテレビスペシャルや、ノートン・ジャスターの児童書『マイロのふしぎな冒険』の長編映画化・『The Phantom Tollbooth』など他の仕事に取り掛かっていた。ここまでは劇場用に作られたため収録時間が6?9分の間で一定しない。
この期にはBGM作曲家が3人いて、第一話の「おこのみサンド」から「忠犬ブル公」まではEugene Poddanyが、その次の「果てしなき決闘」から「アベコベ時代」まではDean Elliottが、最終回の「夢よもう一度」ではCarl Brandtが担当している。
テレビでの放送(1965年 - )
1965年以降、ハンナ=バーベラ第1期の作品がCBSで土曜の朝からテレビ放映され人気を博した。チャック・ジョーンズの製作班はテレビ放送や政治的正しさへの配慮のために黒人のお手伝いさんをロトスコープで取り除き、白人女性に入れ替える描き直し作業や声の差し替えも行っていた(近年の再放送では描き直し前の黒人のお手伝いさんが放映されているが、声はステレオタイプな黒人英語を和らげている)。また、テレビ向けには暴力的とされたアクションも編集で削られた。CBSは1967年から放送を日曜に移し、1972年9月まで放送した。
近年アメリカやイギリスのカートゥーン ネットワークやBOOMERANGで放送を行っているが、トムが喫煙しているシーンで視聴者が「教育上良くない」と理由で削除されたケースが問題化している。
ハンナ=バーベラ第2期(1975年 - 1977年)
「The New Tom & Jerry Show」というタイトルでテレビシリーズとして製作。ABCで土曜の朝のカートゥーン枠に放送され、再びハンナとバーベラが製作にあたることになった。日本では『新トムとジェリー』のタイトルで放映された。テレビの厳格な暴力描写の規制のため、トムとジェリーが喧嘩をせず、一緒に冒険に出るなどストーリーは大きく変わった。またトム、ジェリーとも蝶ネクタイを着用している。これ以降の短編作品群はテレビでの放送を考慮して収録時間がきっちり7分となった(The KarateGuard(劇場用)のみ8分)。全作品カラーフイルム製作。現在、日本ではDVD未発売。
この時期の作品には著作権標記が入り、保護期間中。
トムとジェリー大行進
The Tom and Jerry Comedy Showの名前で1980年にテレビ向けに制作された短編作品群。1983年までの間CBSで繰り返し放送された。日本では『トムとジェリー大行進』内で放送されたが、日米共にDVD発売予定が無い。MGM名義で制作された最後の作品群となった(フィルメーションと合同)。全作品カラーフイルム製作。
この時期の作品には著作権標記が入り、保護期間中。
ターナー/ワーナー・ブラザース製作分
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1986年にCNN創業者テッド・ターナーがMGMを一時的に買収し、このとき「トムとジェリー」も含む古いMGM作品の権利(旧作、及び、新作製作権)がターナーの手に移ったため、以後シリーズはターナー系列の会社(1996年より、タイム・ワーナー)で製作されるようになった。
トムとジェリーキッズ(1990年)
1980年代から1990年代にかけて続いた、「クラシックなトゥーンキャラを大人から子供に変えて再利用する」という風潮に伴い、トムとジェリーも子供バージョンが作られることになった。トムとジェリーの幼年期を描いたアニメ作品。原題は「Tom and Jerry Kids Show」。ハンナ・バーベラ・プロダクションとターナー・エンタテインメントの製作、FOXでの放送。全作品カラーフイルム製作。VHSでは発売されたがDVDは未発売。現在、CNで放送中(日本)。
トムとジェリーの大冒険(1993年)
初の長編映画作品。劇場用。原題は「Tom and Jerry: The Movie」。カラーフイルム・シネマスコープ製作。ヘンリー・マンシーニの遺作となった。日本語吹き替え版では篠原涼子と小林幸子がゲスト声優として参加している。VHS・DVDが発売中。
王様 ケルピ つまごい まさめ ドンタ ラドン スラグ リリース れんがいろ イグアナ ジーユー プロデュポ 寛仁 日野菜 かやべ 睡蓮 リサーチ 鳥のくちばし ながぬま ロット シンビ ロゼ オフデイ トラン ナノチュ シエスタ サンリ ハイル ドルメン シンデレラ せーじ フットギア アムス チャル 雪うさぎ ファム あんず ディレッ ランプ マチュピ とうゆう 竜馬の如く イカオ 春夏秋冬 モンスーン ムイズ しゅくや ユニテリ リードオ パーセク
The Mansion Cat(2001年4月8日)
2000年に60周年記念に製作されたTV向け短編作品。日本ではカートゥーン ネットワークの「カートゥーン カートゥーン ショー」で2001年4月20日に放送。デジタルビデオ製作。DVD未収録。
トムとジェリー魔法の指輪(2001年)
2作目の長編映画(OVA)。原題は「Tom and Jerry: The Magic Ring」。デジタルビデオ製作。ウィリアム・ハンナの遺作となった。
トムとジェリー 火星へ行く(2004年)
3作目の長編映画(OVA)。原題は「Tom and Jerry: Blast Off to Mars」。デジタルビデオ製作。
トムとジェリー ワイルドスピード(2005年)
4作目の長編映画(OVA)。原題は「Tom and Jerry: The Fast and the Furry」。デジタルビデオ・ハイビジョン製作。
the KarateGuard(2005年9月27日)
短編作品(劇場用、8分)。アニー賞ノミネート。日本ではカートゥーン ネットワークの「カートゥーン カートゥーン ショー」で2006年1月27日に放送(「I am Weasel」「Cow & Chicken」との併映)。デジタルビデオ製作。DVD未収録。
トムとジェリーの宝島(2006年)
5作目の長編映画(OVA)。原題は「Tom and Jerry: Shiver Me Whiskers」。デジタルビデオ製作。
トムとジェリー テイルズ(2006年?2008年)
30年振りに製作を再開した短編作品群。テレビシリーズ。CWテレビジョンネットワークで放送。 原題は「Tom and Jerry Tales」。全作品デジタルビデオ製作。この作品ではジョセフ・バーベラがエグゼクティブ・プロデューサーを担当している。
トムとジェリーのくるみ割り人形(2007年)
6作目の長編映画(OVA)。原題は「Tom and Jerry: A Nutcracker Tale」。デジタルビデオ・ハイビジョン製作。ジョセフ・バーベラの遺作となった。
実写映画(公開未定)
7作目の作者死後の長編映画。劇場用。 実写を背景にCGキャラクターのトムとジェリーが活躍するという形で、2匹の出会いが描かれる。 エリック・グラブニングが脚本、ダン・リンがプロデューサーを務める。